◆2023年8月27日(日)江別は曇りのち豪雨
プリゴジン氏の公開処刑?
テレ朝ニュース より引用
プーチンがプリゴジンに哀悼の意を評したとのこと。よくやるよなぁ・・・という感じではある。「自分が暗殺しておいて、その相手に哀悼の意」とは、まあ良くやるよ・・・という意だ。
しかし、深く長く付き合ったパートナーを失った・・・という事であれば、プーチンにとって「哀悼の意」に関しては正直な心情なのかもしれないが・・・
長きにわたり「持ちつ持たれつ」の関係だったと言われるプーチンとプリゴジンである。プーチンにとっては「泣いて馬謖を斬る」という心情にも近かったのではという推察もあり得るか。
◆支配者として必要な「強さ」の象徴
大統領に刃を向けて、おとがめなし・・・ではすまされない。プーチンの立場としては、これが全てであろう。自分に対して一度でも刃を向けた(それがロシアの為であろうがなかろうが)者は、その報いを受けなくてはいけないのだ。
そうしないと、次から次へと現れるかもしれない自分を狙うものを抑することが出来なくなるからだ。プーチンに刃を向けたものは、死がその報いとして与えられる。彼はそうすることで強さを維持することが、支配者たることが出来るからだ。
形としてはどうあれ、「プリゴジンの乱」として表面化し、一度でも「モスクワに大砲を向け」てしまったプリゴジンは、即座に拘束され、その報い(死?)が与えられなくてはならなかったのだ。
しかし、プリゴジンはベラルーシに亡命・・・ということで、報い(死?)どころか拘束すらなされなかった。
おそらくプーチンは脳みそが沸騰するほど、はらわたが煮えくり返るほど怒りまくった事だろう。しかし、プーチンはプリゴジンに「報い」を与えることが出来なかったのだ。そして、それはすなわち「歯向かって来た者に報いを与えることが出来なかったプーチンの弱さ」を露呈してしまう事にもなってしまったわけだ。
そうなると(プーチンに刃を向けても、逃げ切れる前例ができてしまうと)彼の立場は一気に脆弱となり、自分を狙うものが次々と現れてしまいかねない。
彼にとって、「強さ」を改めてアピールしておくことは、支配者という立場を維持してゆくためには必要不可欠なものだったという事なのだろう。
◆プーチンはアナログ?
プーチンはIT音痴という説がある。これ(プーチンのIT音痴)に関しては別に考察してみたいテーマではあるが・・・
Twitter(今はXと評すべきなのだろうが、私には違和感しかない・笑)FaceBook、インスタ・・・というSNSどころか、インターネットすら自分では触りもせず、信用などしていなとか・・・。
聞きしに勝るIT音痴であり、どうやら「見て振れて感じらえるモノ」しか信用できないという事らしい。
ロシアの国民のIT民度はどうなのか?(これも別途考察なくてはいけないテーマかな)仮にそれほど高くないとしても、プーチンのように「見たことも触れたことも無く、信用は全くしない」という事は恐らくないはずだ。
だとすると、すでにプーチンの意識ははロシア国民の民意と大きくかけ離れてしまっているのではないかと思えて仕方が無いのだ。
IT/ICT、そしてSNSに全く触れない為政者が、どれだけその立場を確保し続けていられるのか?これはけだし見ものではないかと思う。
そいういう意味で、私は不届きものなのだが、ウクライナとロシアの戦争の行方を注視している。SNSを積極的に用いて国民に語りかける為政者と、SNSは触れようともせず信用しない為政者。これが、戦争の行方にどう影響してくるのか・・・
少しでも早く戦争を終結させるために、IT/SNSはどれだけ有効なのか、も、自分なりに考察したいところでもある。
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プリゴジンの公開処刑に、プーチンの焦りを感じるのは私だけではないと思うのだ。

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