2024年9月19日(木)江別はくもり
言葉遊びではないのだけれど・・・・
◆的を得る(まとをえる)・・・・?
「よっしーさんの指摘は的を得てますよね!」・・・物事の要点を押さえる ・・・という意味であろうのホメられた言葉なのだけれども・・・ちょっと違和感があった。
そう、この言葉遣いは正しくないのだ。正しくは、
的を射る(まとをいる)・・・
であり、使い方は、
「よっしーさんの指摘は的を射ていますよね」・・・で良いのだ。
そもそも、「的」とは「矢で射貫くもの」であり、的は射られるものであるのだ。
対して「的を得る」は「当を得る」からの誤用と言われている。しかも、意味が若干違うのだ。
「よっしーさんの話は当を得ていますね」・・・ここでいう当を得ているとは・・・物事が道理にかなう・・・ということ。
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◆的を射る(まとをいる)
→物事の要点を押さえるという意味
◆当を得る(当を得る)
→物事が道理にかなっているという意味
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これが正しい意味であり、使い方なのだ。
しかし、最近、この
・当を得る
という言い方で、物事の要点を押さえる・・・という意味をなす、と言う使い方(つまり誤用l)をされることが非常に多くなってきている。
「よっしーさんの指摘は的を得てますよね!」
が、市民権を得つつあるんじゃないかな・・・という気がしている。いわゆる慣用的使われ方・・・ということで、ごく近いうちに国語辞典でも、
◆的を得る
→物事の要点を押さえるという意味、もとは的を射るからの誤用
と言うような形で国語辞典にのるかもしれない・・・と思う。その位、市民権を得ている使われ方かな、と。
言葉は文化だからね。利用する人々の使い方、言葉の使われ方で進化/変化するものだ。
ただ、私は、「的を射る」という言葉に妙な美しさを感じるのだ。
流鏑馬に登場するきらびやかな騎馬武者が、颯爽と的を射抜く姿は、なにやらロマンチックであり、光景は流れるような美しさがあるのではないかと。
なので、「的を得る」ではなく「的を射る」という表現で、ずっと居続けて欲しいと思うのだ。
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